こんばんは、Rikka Zine主宰・橋本輝幸です。
ご支援くださった皆様、支援を検討中の皆様に向けて、ここでSF・ファンタジーに関するちょっとしたコラムを綴っていきます。
さて、本日からワールドコン(世界SF大会)という年次イベントが始まりました。ヒューゴー賞というファン投票制の賞が決まる集まりです。今年は米国のシカゴで、現地とオンラインのハイブリッド開催です。(https://chicon.org/)
今日ここでは、2020年のワールドコンで視聴した「翻訳:SF・ファンタジーの文化多様性を開く鍵」という企画を紹介し、非英語圏SFFが直面する大きな壁についてのご説明に代えたいと思います。非公式レポートという体裁ですので、その旨をご了解ください。
この企画の内容をまとめると
・翻訳SFを盛り上げるためにどうすれば良いか
・ケン・リュウのような翻訳者兼選者・評者として優秀な人材について
・短篇を紹介の門戸として活用しよう
・文芸翻訳の安すぎる対価をなんとかしたい
というのが主な話題となりました。
アメリカ(クラークスワールド誌の編集長)、ドイツ、メキシコ、ポルトガル、日本(某社の編集Iさん)のSF関係者が登壇していました。
印象的だったのは、客席からの質問です。
「オランダでは、自国語での出版をはなからあきらめて、いきなり英語で投稿を始める例が珍しくなくなってきましたが、他国でもそんな感じですか?」
ドイツ:ドイツも同じ状況です。自国の市場が小さすぎるから。日本は?
日本:英語で書いている人もいますが、すごく少ないです。
ドイツ:きっと自国の市場と読者人口が大きいから困らないんですね!
メキシコ:うちの国の作家にとって英語で書くのは相当きびしいと思います。英語で書いている作家は、米国へ移住した人ばかりです。スペイン出身で英語で執筆している方も英語圏在住者だったりします。
アメリカ:非英語圏の人からの投稿は実際増えています。
(参考:http://neil-clarke.com/clarkesworld-submissions-by-country-2021/)
フィンランド(客席から):うちの国でも、主要出版社は文学的なSF以外は翻訳しか出版してくれません。なので作家がOsuuskummaという出版共同体を設立して自主出版を試み、英仏作品の翻訳も出しています。
といった状況です。
ここからは、私が個人的に知るヨーロッパSF情報を少しだけ紹介しましょう。
オランダではここ20年の間に、他国語からオランダ語への翻訳SFFがピークと比べて激減してしまったという記事を読んだことがあります。
2004年から続いていた同国の季刊誌Pure Fantasy(ホラーやSFも掲載)は2012年に廃刊しました。英語・ドイツ語・フランス語ができる人材が非常に多いため、オランダ語以外の語圏の出版市場に作者も読者も流出してしまう状況があるのです。
オランダといえば、2018年から年2回のペースで“ネーデルラントおよびフランドル地方のSF短編が英語で無料で読める&聴ける(英語で)ウェブマガジン2.3.74が発行されていました。出版社はアムステルダムのLebowski Publishersです。若い作家が多く、志の高い媒体でしたが、しかし数年でこれも休刊したようです。
ちなみに上記のオランダSF情報ですが、いずれも出典元サイト自体が失われており、自分の過去ツイートから情報を発掘しました……。
デンマークでは「デンマークSFファンサークル(Denmark Science Fiction Cirklen)」が組織的に翻訳や校正をボランティアで分担していたそうです。他言語からデンマーク語への翻訳、デンマーク語からの英訳の両方を試みています。
例:https://www.amazon.com/Sky-City-Science-Fiction-Cirklen/dp/8771141588
欧州ではかくもジャンル小説出版が成り立たず、きびしい現状にあります。
今回Rikka Zineでは英語で小説を公募したのですが、やはり英語圏以外にブラジル(多数)、中国、オランダ、ドイツなどからの投稿がありました。スペインのカタルーニャ語を自分で英語に翻訳し、投稿して下さった方もいました。プロ作家も、作家志望者もいました。初めて英訳に挑戦した人たちも少なくありませんでした。
我々は日本市民の作家が載る媒体、日本語読者が読む媒体というだけではなく、共通語としての英語を使って非英語圏作家たちが共に世界へ出ていき、読者を得るための「舟」なのです。新しい小舟にすがりたいほど真剣にSFを愛し、もっと多くの誰かに自作を読んでもらいたいと願い、しかしそれが第一言語では叶わない作家がたくさんいるのです。
(つづく)