80年代の熱い音を聴いてくれ!
チップセット交換式単体DAC D-10VN [16BIT VINTAGE]

オーディオ評論家・岩井 喬さんに聴いていただきました!

現在の環境では出し得ない
時代の空気感が味わえる

 昨今のDACチップ、ディスクリートDACの大多数はΔΣ方式であり、数少なくなったR2R方式のDACを聴くと、その濃密さと自然で伸びやかなサウンドに懐かしさを覚える。ΔΣ方式のスッキリとした線のシャープな描写性も魅力的だが、90年代まで聴くことができたマルチビット系DACの音とは違う個性だ(といっても、90年代は筆者もΔΣ方式の原点ともいえるMASH方式のDACの音に親しんでいたが…)。
 今回D-10VNで3種類のDACチップを聴き比べ、現在のDACチップとは一味も二味も違う、濃密で押し出しの良いサウンドを味わうことができた。まずソニーCX20152を確認。いかにも日本らしい落ち着きと穏やかさを持ったサウンドである。オーケストラの粒立ちも丁寧で、ハーモニーの柔らかさ、ローエンドの弾力の良さも感じられた。ボーカルはボトムに厚みを持たせた滑らかな描写だ。
 続いてバーブラウンPCM53JP-Vに交換。こちらはソニーと対照的な輪郭表現に長けたメリハリ良いサウンド傾向である。オーケストラの立ち上がり・立ち下がりが素早く、余韻もヌケ良く爽やか。倍音の適度な強調感も相まって、リズム隊のエッジや、ピアノやシンバルなど、高域の際立ちも良い。ボーカルもクールで切れ味良い描写となる。
 最後にフィリップスTDA1541Aを聴いたが、現在でも人気があるのも納得の流麗なサウンドだ。オーケストラの旋律はウェットで中低域のふくよかさも適度に持たせ、上品なハーモニーを聴かせてくれる。ボーカルも肉付き感を持った安定傾向で、口元の動きも潤い良く滑らかに描く。いずれのチップよりも余韻の階調性が細かく、リリースの音伸びにゆとりがある。アナログライクで濃密なサウンドだ。
 3種類のチップを聴き比べるうち、思い立ったのが、チップと同じ年代となる“当時ものの音源”で聴いてみるとどうなるのか、という疑問だ。ソニーでは同じグループ所属のアーティスト、南野陽子とTMネットワークを聴いてみると、絶妙なはまり具合である。現在に比べて音数も少なく、デジタル前期のややピーキーな音作りを適度に和らげつつ、ボーカルを密度良く引き立たせている。
 バーブラウンは出自のアメリカに所縁のあるジャーニーを聴く。キレ良いリズムとエネルギッシュな音像の押し出し、煌きあるシンセ&ギターサウンドが飛び出し、ノリノリである。その点フィリップスは万能なバランスであるが、ヨーロッパの風情漂うクラシックには鉄板の相性を見せてくれた。
 一連の試聴ではCDの音が成熟する過程で、各メーカーがどのように最先端のデジタルサウンドを味付けするのか、限られた器の中で葛藤するさまを体現できたように思う。最新システムで聴く音も素晴らしいが、D-10VNを介し、当時の音源と組み合わせることで、現在の環境では出し得ない、時代の空気感を味わっていただきたい。
(※初出・ステレオ時代neo Vol.7)

 

岩井 喬

1977年・長野県北佐久郡出身。東放学園音響専門学校卒業後、レコーディングスタジオ(アークギャレットスタジオ、サンライズスタジオ)で勤務。その後大手ゲームメーカーでの勤務を経て音響雑誌での執筆を開始。現在でも自主的な録音作業(主にトランスミュージックのマスタリング)に携わる。プロ・民生オーディオ、録音・SR、ゲーム・アニメ製作現場の取材も多数。
著書に「新・萌えるヘッドホン読本」「サウンドガール デュオ ―音響少女― Soundgirl duo」等多数

2024/12/24 18:41