皆様、こんにちは。
『ジェンダー・クィア』翻訳出版プロジェクト発起人の小林美香です。本企画に関心をお寄せいただきありがとうございます。
本書は、アメリカで2019年に刊行されて以降、クィアとしての生き方や経験を描いた優れた著作として数々の賞を受賞し、スペイン語、ポーランド語、チェコ語、フランス語に翻訳されて世界中の読者を獲得しています。しかしその一方で、アメリカ国内で一部の保守層が人種差別、セクシュアリティ、ジェンダーアイデンティティに関連する書籍を「challenged books(問題視された図書)」として公立学校や図書館からの撤去を求める「禁書運動」を展開したために、いくつかの州の図書館・学校では「禁書」扱いを受けています。このようなアメリカでの宗教保守層によるLGBTQに対する攻撃の動向は、日本におけるLGBT理解増進法の成立(という名の差別温存・増進施策)と似た様相を呈しているのは明らかですし、今後日本の教育現場でジェンダー、セクシュアリティに関連する教育に対して抑圧の力が働くことを私は強く懸念しています。
私がこの本と出会ったのは2021年1月で、読んでたちまち自らの生と性を深く洞察するその内容と親しみやすく魅力的な絵柄に惹かれ、日本語でも読めるようにしたいと思いました。その後、SNS上で性的少数者、とくにトランスジェンダーを巡る熾烈な差別・ヘイト的な言葉が飛び交うのを目の当たりにし、ますますこの本が「自分で決めたジェンダーで生きる」人の経験を表現するものとして重要な意味を持つと考えるようになりました。
マイア・コベイブさんは、アメリカ国内での「禁書運動」を受けてコメントをする中で、自らの作品がLGBTQコミュニティの中のみならず広く社会に公表することで寄せられた読者からのさまざまな共感を語るとともに、自らの生い立ちを通してジェンダー、セクシュアリティを深く掘り下げる作品を制作した動機として、「自分自身が10代の頃にこんな本に出会って読みたかったから。」と語っています。
本の表紙は、水辺で脚を浸して水面を見る著者の姿が描かれ、その水鏡を通して反転した像として、髪の長い幼い子ども時代の姿が描かれています。本書の中では2歳から28歳ごろまでの著者の生い立ちが語られており、その過程で著者が自分自身に向ける視線、また家族や親しい人の目に映る姿がこの絵の中に表されています。マイア・コベイブさんが幼少期から思春期、青年期へと至る道程を丁寧に描いた作品が、多くの人に、とくに自身のジェンダーのあり方について揺れや戸惑いを感じる子どもや若い人に届けられたら、と願っています。
小林美香