私が一橋大学の大学院に入学したのは2019年の春のことです。事件がおこった2015年からは既に約4年もの月日が経っていて、事件当時学部生だった方は既に卒業していました。学内でこの事件を覚えている人はごく僅かとなり、「風化」していく過程が手に取るように伝わってきたのです。
入学前から遺族と関係があった私としては、この事件が忘れられてしまうことは悲しいけれど、たとえ風化されたとしても世間のLGBTの権利回復の潮流に学内が呼応し、環境整備に向うことができるのであれば、「実」は得られるのではないかと考えていました。しかし、この事件から教訓を得ないどころか飛躍的な解釈をし、「多様性を認めよというのなら、排除という考え方も多様性であり表現の自由だ」といった声が出てきたのです。なんて私は甘い考えだったのでしょう。
この本は、日本のゲイライツを語る上で欠かせない一橋での事件から何を学べるかを考える勇敢な営みです。「分断」を乗り越えるための一冊になることを願って止みません。
本田恒平(ほんだ こうへい)
立教大学経済学部助教、独立行政法人労働政策研究・研修機構研究会委員、LGBTQ Ally。専門は政治経済学、労使関係論、労働政策論。1995年に東京都国立市に生まれ、2024年に一橋大学大学院経済学研究科総合経済学専攻博士後期課程を修了(経済学博士)。独立行政法人労働政策研究・研修機構などを経て、現職。https://researchmap.jp/k_honda