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児童文学の名作『モモ』の作者

ミヒャエル・エンデによる絵詩集『影の縫製機』を

ドイツ語原文付きで新装復刊したい!

ミヒャエル・エンデ研究者の石田喜敬先生より、出版記念メッセージをいただきました!

この度の新装復刊プロジェクトにおきまして多大なる応援をいただきました、ミヒャエル・エンデ研究者の石田喜敬先生が、出版記念メッセージを送ってくださいましたのでご紹介いたします! 石田先生ありがとうございます。(発起人 山口)

 


『影の縫製機』の味わい方

― 詩と絵、作者と読者の間に生まれるファンタジーの世界

 

 この度は『影の縫製機』復刊クラウドファンディングご成功の由、誠におめでとうございます。エンデは文学の使命を「読者に達すること(*1)」と述べています。今回の復刊によって、それは世紀をまたいで再び叶えられたといえるでしょう。本稿では出版記念メッセージに代えて、新たな装いで現代の読者に届くことになった『影の縫製機』の魅力について考えてみたいと思います。

 

 『影の縫製機』はエンデとシュレーダー、二人の芸術家の交流と協働から生まれた書籍である。二人とも、主に児童文学の分野で知られていたため、この本も詩と挿絵からなる児童書のように思われるかもしれない。しかしながら、最近の研究によれば、『影の縫製機』は、大人の読者を対象とした総合芸術作品として構想されていたことが明らかになっている(*2)。エンデ自身もこの本を「愛書家の至宝」(bibliophile Kostbarkeit)(*3)と呼んでいたらしい。いわゆる消費されるコンテンツとしてではなく、読者の五感と創造性に働きかける総合芸術作品として『影の縫製機』を見た場合、どのような読み方が可能だろうか?

 

 復刊版の装丁は原書と同じく、外箱と表紙は布張りであるが、原書よりもきめ細やかな手触りが感じられる。本文用紙も白色であった原書に比べて、若干青みを帯びており、どこか影を含んだ印象を与えている。表紙をめくると、表題、献辞、19篇の絵と詩、奥付へとページが流れ、音楽のように前奏から主題提示、変奏、終止、そしてクライマックスへと展開していく。この版のみに収められたドイツ語原文と訳者あとがきは、さながらエピローグのようにこの流れの余韻を深めている。原書の仕様を忠実に踏まえつつも、新たな息吹が吹き込まれているのが感じられる。

 

 本文のページを開いてみると、絵(イメージ)と文字(言葉)によって紡がれたファンタジーの世界が、見開きで立ち現れてくる。絵の放つ世界観が、作品ごとに違うのはもちろんのこと、詩のフォントデザインや文字サイズ、テクストと余白の配置も、個々の作品に応じて異なっている。視覚だけでなく、紙の質や厚み、ページをめくる速度といった触覚やリズムも、読書体験を支える重要な要素だ。

 

 内容に目を向けると、絵においても詩においても、エンデとシュレーダーらしい自由な遊びの精神や、ファンタジーの広がり、そして人生の意味を真摯に問いかける姿勢が感じられる。「本当の林檎」では、応援メッセージ前編で述べたように、エンデの多層的な現実観の一端がうかがえる。「道標」と「透明人間」では、他者の存在の尊さを語る人生哲学が感じられるし、「魔法使い」と「嵐の騎士」では、極端な科学信仰への風刺が見られる。

 

 他方で「例外」「いかれたチェス」「まったく見えない」「小さな小人」「独楽」「実に呆気ないメルヘン」「閉幕」などには、韻を踏んだ遊びと愛らしいユーモアが読み取られる。エンデは、ドイツ語を「遊び」と「生きる上での真面目さ」の対立がある唯一の言語とみなしているが(*4)、これら性格の異なる作品を見比べてみると、遊びと真面目さの綱引きもまた、浮かび上がってくるだろう。

 

 「妖鳥ハルピュイア」「うら寂しき微笑み」「消えゆく淑女」「摩訶不思議なる生き物」などでは、幻想的な風景と不可思議な出来事に思わず引き込まれる。そして、表題作「影の縫製機」「綱渡り」「夢の漁師」では、夢幻的なイメージが、天上の星空と海洋の深層へと静かに広がっていくのが感じられる。ちなみに、「夢の漁師」の挿絵は二点あるが、それぞれよく見比べてみて欲しい。本を回転させながら見比べると、面白い仕掛けがあることにきっと気づくはずだ。

 

 『影の縫製機』の制作過程では、エンデの詩に対してシュレーダーが挿絵を描く場合と、シュレーダーの絵に対してエンデが詩を書く場合とがあったことが明らかになっている(*5)。掲載する詩の選定と順序も、エンデとシュレーダーが共同で決めていたらしい。この成立過程を考えると、絵と詩をそれぞれ独立した作品として鑑賞することも可能である。しかし、両者の相補的な関係と二人の作家の協働を考えると、作品の本質は、やはり見開きページにあらわれる絵と詩の間にあるように思われる。二つのページの間で、読者は想像力を働かせて両者を関連づける。その際には様々なイメージや想念、感情や情緒が生じてくるはずだ。エンデ風に言えば、それは読者と二人の作家との「対話」であろう。

 

 作者と共につくる共創的ファンタジーの世界に十分浸ったら、今度は読者が自分の想像を広げていく番である。例として「綱渡り」を取り上げてみよう。綱渡りの達人フェリックスは、最後に星空の彼方へと飛んで行く。その情景を思い浮かべたら、目を閉じて、詩の世界に浸ったまま、想像を広げてみてほしい。詩の意味に対して共感や不思議さなど、様々な想いが自然と湧き上がってくるはずだ。次に視覚や聴覚、触覚など五感にも意識を向けてみよう。宇宙に漂う身体感覚に身を委ね続けると、やがて、現実とも空想ともつかない次元へ飛翔したような感覚が開かれてこないだろうか。そこは、物理法則や、日常の常識、既成観念から解放された、作家のものでもなければ、自分のものでもない、あるいはそのどちらでもあるような、自由な想像力が働く場である。この点で、読者の想像は、作品を越えて無限に広がる可能性を秘めている。

 

 こうした創造的な読書体験の先に、エンデとシュレーダーがファンタジーによって目指したものが拓けてくるように思われる。エンデは、ファンタジーを現実逃避や空想的な冒険をするためのものではなく、新しいイメージを生み出したり、既存のイメージを新しい関連に置く、人間の能力と呼んでいる(*6)。彼によれば、この「人間の想像力の中でも創造的な能力(*7)」によって、出来事や事実に意味が与えられ、初めて「現実」として認識されるようになる。

 

 この意味でエンデは、ファンタジーを「現実に到達するためのほとんど唯一の手段(*8)」と呼ぶ。彼が目指す現実は、「ポエジー(*9)」が導く新しい意識や新しい生き方を含み、文学や芸術によって養われる内面世界を本質とするような現実である。シュレーダーもまた、乳幼児向けの絵本であっても、「ただきれいで平面的なのではなく、もっと、内面からほとばしり出る光のようなものが必要(*10)」であると説いている。

 

 それは、人間を物質的に生かす文明と自然科学の光に対して、人間に内的・精神的ないのちを与える芸術とポエジーの光にほかならない。『影の縫製機』に収められた、詩と絵のそれぞれの作品にも、我々の想像力と心を育む、いのちの光が宿っている。我々を新たな生へと導くその希望の光は、静かに力強く、永遠に輝き続けることだろう。

 

(注)

*1 Vgl., Jürgen Krätzer: Kunst ist ein Übersetzungsprozess... Gespräch mit Michael Ende. In: Deutschunterricht, 47. Jg., Juli/August 1994, S. 344.(邦訳:ユルゲン・クレッツァー、石田喜敬訳『芸術は移し替えのプロセス…ミヒャエル・エンデとの対談』 関西学院大学文学部ドイツ文学研究室 『KGゲルマニスティク』第26号、2022年、89ページ)

*2 Vgl., Julia Benner und Lea Braun: Wie man einen Schatten näht. Intertextualität und Interpiktoralität in Michael Endes und Binette Schroeders Bilderbuch Die Schattennähmaschine. In: Thomas Boyken, Thomas Scholz (Hrsg.): Michael Ende – Poetik und Positionierungen, Abhandlungen zur Literaturwissenschaft. Berlin, Heidelberg: J.B. Metzler, 2023, S. 107-124.

*3 Vgl., ebd., S, 107.

*4 Vgl., Hans Ester: Gespräch mit Michael Ende. In: Deutsche Bücher, 23. Jg., H. 3, 1993, S. 188.(邦訳:ハンス・エスター、石田喜敬訳『ミヒャエル・エンデとの対談』関西学院大学文学部ドイツ文学研究室『KGゲルマニスティク』第21・22合併号、2019年、109ページ参照)

*5 Vgl., Julia Benner und Lea Braun: a. a. O., S. 109.

*6 ミヒャエル・エンデ、河邑厚徳『NHKアインシュタイン・ロマン 第6巻 エンデの文明砂漠』日本放送出版協会 1991年 20ページを参照。

*7 Stephan F. Osvath: Michael Ende (Interview). In: Hans-Joachim Müller (Hrsg.): Butzbacher Autoren-Interviews 3. Darmstadt: Gesellschaft Hessischer Literaturfreunde, 1985, S. 81.

*8 山口昌男『身体の想像力』岩波書店、1987年、92ページ。

*9 Michael Ende: Zettelkasten. Skizzen & Notizen [1994]. München: Piper, 2011, S. 68f.(邦訳:ミヒャエル・エンデ、田村都志夫訳『エンデのメモ箱』岩波現代文庫、2013年、84ページ以下参照)

*10 ビネッテ・シュレーダー「ファンタジーとわたし」「子どもの館」1977年3月号(第46号)、福音館書店、53ページ。

 

石田喜敬(いしだ よしたか)

『影の縫製機』の出版年と同じ1982年生まれ。関西学院大学文学部非常勤講師、ドイツ文化ラボ・ドライエック代表。ドイツ語講師とエンデ研究に加えて、ドイツゲームの販売やイベント企画に従事。現在の研究テーマは、エンデ文学におけるドイツ・ロマン主義受容と、ドイツ語の授業におけるドイツゲームの教材利用。

 

 

2026/05/13 17:33