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舞台は昭和11年の台中市。
ひっそりと咲く少女たちの恋
台湾発の百合漫画『綺譚花物語』を翻訳出版したい!

在台文筆家の栖来ひかりさんから、応援メッセージをいただきました!

告白しよう。私はむかし「腐女子」だった。

遡ること30年以上前のこと。当時は「腐女子」という言葉もなかった。ボーイズ・ラブ(BL)という言葉さえ無く、それに相当する言葉は「やおい」と呼ばれていた。「やおい」にハマったのは中一からの二年半で、夏休みには幕張メッセのコミケに参加するため一人で山口からわざわざ新幹線に乗って東京まで出かけた(雑誌の文通欄で知り合った同じ趣味の女の子の家に泊めてもらった)。我ながら大した行動力だし、今思えば母もよく許してくれたと思うが、このたび黒木夏兒さんから『綺譚花物語』の事を伺い、原作を手に入れて読みながら、熱病に罹っていたようなあの頃を思いだした。当時の私は中学一年生で、思春期の真っただなか。更に告白すれば、好きな女の子がいた。最初は二つ上の同じ部活の先輩で、二人目は同級生だったと思う。

(その後、中学三年生になってからなぜか「やおい」への情熱をすっかり失ってしまった。だからいわゆる「百合」という「やおい」や「BL」漫画の延長にある作品を読んだのはこの『綺譚花物語』が中学生以来である)

 

ところで先日、オードリー・タンさんにインタビューして、今の若者についての話題になったとき、こんな言葉が印象に残った。

「彼らが生活のなかで不公平や不正義に初めて出会った時というのは、とても尊い瞬間です。彼らが不正義をどのように解決するか考える時、そこに慣れや妥協はありません。そのビジョンは世界が本来あるべき姿に近いともいえるでしょう」

 

 私の中学生時代。

ジェンダーギャップ指数が世界の中でも120位の現代日本の、さらに30年前。「男女共同参画社会基本法」が成立するのは、それから10年も後の1999年である。私は当時の中学生としては、理解のある両親のおかげで随分自由にさせてもらえたと思う。しかし、どこか女性である自分が日本社会において常に社会的弱者であり、まなざされ、欲望の対象であるという世界の“不公平と不正義”に無意識的に気付いていた……なんていうと、こじつけアンド恰好つけ過ぎかもしれないが。

大学生になって、大島弓子か萩尾望都の漫画エッセーのなかで、どうして“やおい”――男性同士で恋愛する漫画を一部の女性が好むのか?――について「男になりたい、でも男に愛されたいという願望の表れ」だと読んで、妙に納得した。女のセクシュアリティの主体性や解放と、現実とのアンビバレントから生まれたのであろう「やおい」や「BL」「百合」が社会に抵抗する一種の「言語」であったならば、中学生の私はあの時に、ひとつの「言語」を手に入れようと夢中になったのではないか。

 

 『綺譚花物語』の主な舞台は、昭和11(1936)年ごろの台湾台中。日中戦争の勃発前夜で皇民化運動が始まる直前である。台湾における日本統治も40年を過ぎ、台湾の多くの人々が日本文化様式を受け入れつつ、日本語・ホーロー語・客家語・原住民族諸語といった多言語や多文化が入り混じった中で暮らしていた。近ごろはこの時期に関して、多くの資料や写真、研究がある。にもかかわらず、この時代の女性が実際に何を考えてどう暮らしていたのか、まだまだよくわからないことは多い。歴史のうえで常に女の欲望は「ない」事にされてきたが、台湾においても例外ではない。

しかしここ最近、女性を切り口にあらたな「台湾史」を描き出そうとする試みも増えている。

例えば、台湾映画『血観音』(ヤン・ヤーチェ監督/2017)は、台湾の歴史上実際に起こったさまざまな事件をモチーフとして「女性の欲望」に切り込んだ。

『誰の日本時代――ジェンダー・階層・帝国の台湾史』著者の洪郁如氏は、「はしがき」でこう書いている。

「ジェンダーの視角から、帝国と植民地における重層的な権力関係のもとに不可視化されてきた女性たちの姿を浮き彫りにする」(誰の日本時代 ジェンダー・階層・帝国の台湾史/洪郁如/法政大学出版局)。

そういう意味で『綺譚花物語』もまた、おなじく不可視化されたかつての日本時代の女性の欲望を想像することで、これまでになかった「台湾史」に触れた作品といえるだろう。

 

 植民/非植民や家父長制など、何重もの抑圧で覆われた台湾の日本時代の女性(台湾籍・日本籍どちらとも)を、「百合漫画」という日本で育まれた独特の「言語」で丁寧に想像し、独特の世界観をつくった『綺譚花物語』。それが日本で翻訳出版されようとしていることに、多くの人の手を経て伝えられた技巧による繊細な工藝細工がうまれ出る場に立ち合うような興奮をおぼえる。もうひとつ、わたしの「Y字路さがし」と同じく「虎爺」を探して現代の台中の街かどを彷徨う「阿貓と蜜容」による四話目には、二人の頭を撫でたくなるぐらい仲間のような親しみを感じたことも書き添えたい。

 

台湾と日本のあいだで寄せては返してきた文化の往来、その日台関係史の新しい一行として『綺譚花物語』は書き足されるだろう。それを心より期待しつつ、クラウドファンディングの成功をお祈りしています。

 

栖来ひかり(すみき・ひかり)
文筆家,1976年うまれ,山口県出身。
2006年より台湾在住。
台湾に暮らす日々、旅のごとく新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力をつたえる。
著書に『在台灣尋找Y字路/台湾、Y字路さがし。』(玉山社,2017)、『山口、西京都的古城之美:走入日本與台灣交錯的時空之旅』(幸福文化,2018)、『台湾と山口をつなぐ旅』(西日本出版社,2018)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(図書出版ヘウレーカ,2019)、挿絵やイラストも手掛ける。

ブログ「台北歳時記~Taipei Story」 
https://taipeimonogatari.blogspot.tw/

◆台湾の旧道をめぐる紀行エッセー『たいわんほそ道』連載中です
ニッポン・ドット・コム 
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◆雑誌『ひととき』オンライン『ほんのひととき』での、暦の連載はこちら
“旅に効く、台湾ごよみ”
https://note.com/honno_hitotoki/m/m1a2c5274c307
 

※栖来ひかりさんのプロフィール写真はなんと、『綺譚花物語』第三話「庭院深深華麗島」の蘭鶯のコスプレです!!ありがとうございます!!

 

 

2021/09/29 16:45