大変におめでたいニュースが飛び込んできました!
台湾で毎年秋に発表されるゴールデンコミック賞(台湾漫画振興のために台湾の文化部-日本でいう文化庁-が設けた賞で、前の年一年間に単行本が出た台湾漫画全ての中から受賞作が選ばれます)。第12回目の今回、
写真は金漫奨の公式Facebookページから。
作画の星期一回収日さんにとっては一昨年の『粉紅緞帶(ピンクのリボン)』、昨年の『九命人―溺光』での受賞に続き、三度目の連続受賞。原作の楊双子さんにとっては初めての受賞となります。そのせいか、発表を待つ間、回収日さんの手はひんやりしている一方、双子さんの手は汗びっしょりだったそうです(お二人、手を繋いで発表を待ってらしたようで)。そして発表の瞬間抱き合ったのは、とにかく感極まってたからだよと書いてらっしゃいます。金馬賞(台湾のアカデミー賞)で主演女優賞とかが発表されるとき、たいてい受賞者が隣の人と抱き合いますが、完全にあれと同じ気分でとにかく抱き合わずにいられなかったと。決して百合営業じゃないよと。いや、誰もそこは邪推しませんて(笑)。
https://www.facebook.com/458279440972128/posts/2422493764550676/
楊双子さんのフェイスブックに飛びます。受賞のスピーチの全文が掲載されています。
スピーチの内容は、戒厳令下で台湾の実態を描くことができず、そのため作品が現実の台湾とは乖離したものにならざるを得なかった台湾漫画の歴史と、一転して台湾を描くことが売りになった台湾アイデンティティ作品にも触れているとても興味深いものです(実はこの辺りは私も、マンバ通信さんの次回の記事用に書いている原稿で触れていたりします。
このスピーチのラスト、双子さんは天国の妹さん「楊若暉」さんにこの賞を捧げると言っておられます。
そうです。楊双子さんは、実は元々本当に双子で、でも妹さんは既に他界されているのです。
元々はこの妹さんが癌を発症されたことから、治療費にあてるために賞金を獲得すべく、お二人は小説執筆を開始したのでした。日本アニメ『リリカルなのは』のファンで既に二次創作小説の執筆経験があったお姉さんが執筆を担当し、日本時代の研究をしていた妹さんが資料集めを担当。歴史百合小説の誕生です。恐らく『綺譚花物語』第四話の阿猫と蜜容の二人はこの妹さんがモデルなのではないでしょうか?
お二人の作品は次々に台中市主催の文学賞に入選します。この頃書かれた作品の幾つかは、その後長編としてリライトされるなどし、出版されています。しかし、小説家「楊双子」の作品が商業作品として出版されデビューするよりも前に、妹さんは亡くなられました。
楊双子さんのデビュー作は、だから現代もので、妹さんへの追悼と、双子さん自身のグリーフケアを、小説の形にしたものとなりました。
死んだ女性の幽霊とそれが見える二人の少女。少女の一人は実は死んだ女性の恋人。
このデビュー作『撈月之人(水面の月を掬う人)』と『綺譚花物語』には実は深い関係があります。
主人公である、幽霊を見ることができる少女。彼女が暮らす台中の家には、昭和時代に増築された和風の離れがあります。この家は実は、『綺譚花物語』第二話で荷舟とあきらが暮らしている太平林家の屋敷の現在の姿なのです。主人公の少女はあきらの孫娘であり、あきらの書いた本(第四話で阿猫が所持している本)は、「おじいちゃんの書いた本」として登場します。加えて「撈月」水面の月を掬うというこの言葉は、小説版『綺譚花物語』第二話にも登場し、二つの世界を密かに繋いでいます。
そして『撈月之人』のストーリーの構造自体も、第一話から第三話の習作になっている。
幽霊の女性とその恋人の関係は、どこか『綺譚花物語』第三話の主人公、雁聲と蘭鶯に似ています。
「幽霊の登場」は言うまでもなく第一話と深い共通性がある。さらに第二話のクライマックスで登場する幼い少女の姿の土地神も、その原型は実はこのデビュー作内にあるのです。
だからこそ受賞のスピーチのラストで、楊双子さんはこの妹さんのことに触れています。双子さんのデビュー作は、本当に、この妹さんの存在なしには生まれなかった。
そして「楊双子」という作家も、『綺譚花物語』という作品も、この妹さんなしには恐らく誕生し得なかった。
楊双子さんには今、奥様がおられます。一人になったけれど双子さんは生きている。『綺譚花物語』の最終話である第四話は「現在」の話です。妹さんがもうおらず、台湾で同性婚が可能になった現在が舞台です。
双子さんのデビュー作は『綺譚花物語』の習作となり、そして第四話が生まれた。
その『綺譚花物語』が今回、年度漫画賞を受賞したのです。
おめでとうございます。本当におめでとうございます。
発起人 黒木夏兒