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ドアの先には魔法の世界が待っている
イギリスの独立系書店を巡る旅
『Bookshop Tours of Britain(英国本屋めぐり)』を翻訳出版したい!

『英国本屋めぐり』イントロダクションの一部試訳をご紹介

こんにちは。サウザンブックスです。支援者数300人を超え、残り40%程の達成率となりました。クラファン終了まで残り10日間、最後まで情報拡散など応援お願いいたします。

また、本日(6月9日)19:00〜本の内容を紹介するZOOMミーティングを開催します。是非ご参加ください。

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『英国本屋めぐり (The Bookshop Tours of Britain) 』

ルイーズ・ボランド著

 

これまで何度となく…本屋を訪れることで私は元気づけられ、世の中には素敵なものがあるのだと思い出すことができた。

――ヴィンセント・ファン・ゴッホ

 

 本屋というのは何か魔法のようなものを宿している。足を踏み入れれば、その魔法の世界はもうあなたのものだ。押したドアが小刻みに揺れ、ベルがチリンと鳴ると、その先には何千冊もの本のあたたかい匂いが優しく待ち受けていて、店員が少し離れたところにさりげなく佇んでいる。さあ、どんな本を手に取ろう? 求めているのは、知識……冒険……それともドラマ? ここで何時間でも書棚をながめて過ごそうか、それともアドバイスをもらおうか? 書店員たちは知識と経験、そして情熱をもってあなたを案内するために準備万端だ。本屋とは願いを叶えてくれるアラジンの魔法の洞窟であり、どこか遠くへ連れて行くことを約束してくれるもの、あなたの内面を引き出してすっかり変身させてしまう存在だ。そしてイングランド最南端からスコットランドの最北の地、ウェールズ海岸線の自然からイーストアングリアの湿原に至るまで、イギリスじゅうが最高に素晴らしく魅力的な本屋に恵まれているのだ。 

 私は2018年、最初にイギリスの本屋めぐりを始めた。自身の小さな文芸出版社を立ち上げたばかりで、私は外へ出て書店主たちに会ってみたいと思っていた。そうすれば彼らのお客が何を求めていて、書店主たち自身が何を読みたがっているか知ることができるからだ。この旅によって私はイギリスのど真ん中や小さな町、村、各地方の田舎道が交差する地へ導かれ、知らず知らずのうちにスロートラベルの喜びを噛みしめていた。この旅で私は、私のことを真っすぐ受け入れ、本屋とその仕事、住む町や地域への愛を喜んで語ってくれるたくさんの人々に出会うことができた。

 いったいどうしてなのか、その理由ははっきりとは分からないけれど、イギリスの本屋、特に独立系書店(私はこの言葉で個人経営またはコミュニティ経営の本屋を指す)は歴史的・地理的な名所、あるいは大自然の美に囲まれた土地にあることが多い。本屋の場所は、設立者が自分たちのホームにしたいと思う場所を選ぶからかもしれない。そして本好きの人間は言うまでもなく素晴らしい人間なのだから、素晴らしい人間である書店主たちは自然と素晴らしい場所を選んだのだろう。

 理由は何であるにしろ、本屋が息をのむような美しい海岸線沿いやドラマチックな崖や素敵なビーチのそばに集まっているのは事実だ。だから国立公園の村に行けばそこに本屋はあるし、特別自然美観地域の中の静かな町に行けばそこでも本屋は見つかるのだ。

 再開発で生まれ変わったリバプールのドックや、クロスビービーチで海を見つめるゴームリー作の鋳鉄像のアート展示をやっている片田舎の町――本屋を基点に旅すれば、そうしたイギリスの最もすばらしいところを見てまわることになる。コーンウォールの秘密の洞窟、ヨークシャーのムーア、ウェールズの山々、ワイ渓谷の川、スコットランドの高地と低地、コッツウォルズの緩やかな丘陵地帯、サウスダウンズのいにしえの森と崖を旅するのだ。グラスゴーからダヌーンとフォート・ウィリアムを経由してハイランドへ向かう旅(私は車を使ったけれど、体力のある人なら自転車で行くのも楽しいはず)、私がイギリスで最も美しいと声を大にして言いたい場所を巡る旅。グラスゴーの喧騒をあとにして、フェリーでクライド湾へ行き、北を目指して湖沿いを進み森を抜け、ヘザーの花の紫に染まった山肌を雲がなぞっていくグレンコーを通り過ぎ、音をたてて小川が流れる田園風景を見て、オークニー諸島にあるイギリス最北端の本屋を訪れる。

  本屋めぐりの醍醐味とは、一つとして同じような本屋がないことだ。本、本棚、窓、レジが一つか二つといった共通点はあるけれど、雪の結晶がすべて異なるのと同じで本屋も一軒一軒に個性がある。その本屋が長い間大事にしてきたこと、場所、本屋が入っている建物の歴史、本屋のオーナーや店員のこだわり――そういったことのすべてが本屋の個性を形づくるのだ。ある本屋はクリームティーが売りのカフェを併設していて、また別の本屋では瞑想レッスンやヴィーガンの軽食を提供している。地域プロジェクトとして設立される本屋があれば、地元の情報案内所が予算削減で閉鎖されて非公式の観光情報センターのようになり、ウォーキングを楽しむ人が集まる本屋もある。

 エディンバラ・ブックショップでは子どもの本を専門に扱い、ほぼ定期的にお楽しみイベントやアクティビティ、トークセッションなどを提供している。リバプールにある急進的左翼文学を専門とするアイコニックな本屋、ニュース・フロム・ノーウェアは1974年以来一つの共同体として活動し続けており、ソーホーを拠点とするゲイズ・ザ・ワードやグラスゴーのカテゴリー・イズ・ブックスのように多数のLGBT書籍を揃えている。ロンドンはチェルシーにあるジョン・サンドー、ブランドフォード・フォーラムにあるドーセット・ブックショップみたいな本屋になると、本を天井に届くほど積み上がって壁の表面という表面がすべて本で覆われている。古い階段までぐるりと本が並び、年代を感じさせる屋根裏部屋まで本が侵出している光景は、愛書家にとっては幸福そのものだ。後でこの本に掲載されているペンザンスのバートン・ブックスやエディンバラのゴールデンヘア・ブックスのページをめくって、常に本好きの人々を引き寄せるその個性的で想像力あふれる美しさを見てみてほしい。

 また、そこへ辿り着くことが旅の目的になるような本屋もある。そこにはあらゆる駒の動きを知るチェスの名人のごとく本を知りつくした書店員チームいて、彼らが選んだ最高の本がいくつものテーブルに積まれている。ここを訪ねるためなら何マイルも旅したっていい、旅するべきだと思わせる本屋と言えば、セント・ボズウェルのメインストリート・トレーディング、バースのミスター・ビーのエンポリアム、アバフェルディのウォーターミル・ブックショップ、メリルボーンのドーントブックスなどが挙げられる。

 それにもちろん、オックスフォードのブラックウェルやロンドンのピカデリーにあるハチャーズのような大御所もある。この二つは私が世界で一番好きな本屋だ。ハチャーズは、もう200年以上ピカデリーの同じ建物に位置している。ダロウェイ夫人像が夢見るようにじっと窓を見つめるこの場所に来たら、本を買わずにはいられまい。あなたはそう確信しながらハチャーズを訪れるのだ。ロンドンのチャリングクロスロードにあるフォイルズは今はモダンで上品な書店となっているけれど、私が覚えているフォイルズと言えば本の上にも本が積まれ、椅子もテーブルも床も、果てはレジの上までも本が積み上がる狂乱ぶりだった。しかし、こんなことを書いては私の年がバレるというもの。それからウォーターストーンズの旗艦店もピカデリーにあり、20万冊もの本が並んだ店内に立てばすぐに紙の本を手に取れるという体験だけでもここを訪れるに値する。あらゆる知識と冒険が、文字通り手の届くところにあるのだから。

 独立系書店は特に多様性に富んでいて、個々の本屋の違いにはそれぞれのオーナーを反映している部分もある。本屋が舞台の名作コメディドラマ『ブラックブックス』に登場するバーナード・ブラックのような、不機嫌でよれよれのカーディガンを着たステレオタイプな中年男ばかりが本屋を経営しているわけではない。本屋は実に多様な人々がいて、様々な人々が一緒に本屋を運営しているのだ。私が訪れた本屋は、地域コミュニティ、姉妹、友人同士が同じ夢を持っていることに気づき、本屋を開くというその夢に共に乗り出すことにした人々が所有するものだ。ツアー中に出会った書店主たちは母と息子、父と娘、あるいは娘と母のチームだった。カップルで経営している本屋もたくさんあるし、何世代も一族に受け継がれてきた本屋だっていくつかある。ピーブルズではホワイティーズ・ブックショップの店主ダグラスに会い、1899年から彼の一族がこの本屋を所有しているのだと教わった。ダグラスは、当時本屋を切り盛りしていた祖母と一緒に店の外に立っている素敵な写真を見せてくれた。ホワイティーズは1791年創業の本屋で、継続して運営されている書店業としてはハチャーズにわずかの差で最古の座を譲っている。本屋の多様さを作るのはオーナーだけではない。マネージャーや店員も、それぞれのこだわりや熱意、知識を持ち寄ることで本屋とその品揃えに影響を持っていることも多い。

 それから、ぜひとも言っておかなければならないことがある。実は本屋には看板犬や看板ねこ、うさぎ、にわとり、そして看板カメまでいるのだ。看板動物たちはお店に活気をもたらしてくれるし、本棚を眺めて時折本に読みふけるお客や、ひょっこり訪れた出版社の人間も動物たちと触れ合うことができる。

 しかし、こうした多様性がありながら、ほとんどの本屋は同じ困難にぶつかっている。これほど本屋の将来が危ぶまれたことがかつてあっただろうか。多くの本屋は大手オンライン書店の台頭も切り抜け、生きのびてきた。こうしたオンライン書店は質の低い本を大量に安価で提供し、文学の地位を貶め、読んですぐ処分してしまうような電子本文化を私たちの読書習慣に持ち込んだため、プロの作家の収入に大損害を与えて文学的遺産を危機に至らしめた。今、本屋は大通りに並ぶその他の多くのお店と同様、経済の落ち込みに伴う何か月分もの売り上げ損失など、パンデミックの影響を切り抜けなければならない。

 主要な小規模事業者である本屋は特にこうした困難の影響を受けやすいけれど、大きなチェーン店だって全く打撃を受けないわけではない。イギリスの大手書店はほとんどが画一的な大通りに位置しており、スロートラベル的な性格があるこの本では大手チェーンについてはほとんど触れていないが、後半にできるかぎり多くのチェーン店の所在地情報も掲載している。こうしたチェーン店も良い書店には違いないし、いつだって良書を喜んで薦めてくれる熱心な書店員がいてくれる。時にはボタンをクリックするだけで次の日に本が届く魅力に心がゆれることもあるけれど、私たちが利用しなければレンガとモルタル造りのあの本屋たちはなくなってしまうのだ。あなたが本屋めぐりのツアーをしていない時にも、この本が最寄りの本屋へあなたを誘うガイドになり、1クリックで配達の誘惑が少しばかりフェードアウトしてくれることを願っている。また、最近では独立系を含む多くの本屋がオンラインまたは電話での注文と配達サービスも提供していることを付け加えておこう。

 

スロートラベル

本屋を基点に旅するというこの本のアイデア――コンセプトは、スロートラベルの原則と一体になっている。だから本屋めぐりツアーでは、イギリスじゅうを縦横にめぐることに時間を費やす。高速で車をとばしても、周りには騒音を抑えるためのレンガや石の壁が見えるばかりになってしまう。それなら、落ち着いた田舎道を通って一つの本屋からまた別の本屋へ旅するのもいいではないか。イギリスの様々な町や村、都市を見て、地元のカフェやショップに立ち寄り、オーナーがお勧めのレストランやビーチ、川なんかも教えてくれそうなゲストハウスやB&Bに泊まってみよう。何より、スロートラベルは身近な場所を再発見することだ。イギリスの最も素晴らしいところ、風光明媚な場所、産業や文学や歴史遺産に恵まれた場所にこれほどたくさんの本屋があるのだから、本屋を基点に旅するのはスロートラベルを始めるのにもってこいの方法というわけだ。

 この旅のメインアトラクションはもちろん本屋だけれど、全てのツアーでその他のアクティビティや周辺の観光スポット情報も掲載している。その多くは地元産の製品や周辺の美観地区、歴史遺産などに関係したもので、長距離のウォーキングコースを歩き、博物館やウイスキー醸造所を訪れ、森のサイクリングや川でのカヌー、あるいはシンプルに地元の人しか知らないビーチで静かに読書にいそしむなど、楽しみ方は色々ある。

 お店や施設が営業を再開し始めたので、多くの本屋がまた著者を招いたり、子供向けイベントや面白そうな話題のトークセッションを開催するようになるだろう。本屋の近くを通るときにはウェブサイトをチェックしたり、電話で問い合わせすることをお勧めしたい。

 本書ではツアーをまとめている以上、ある本屋から次の本屋へ行くなら当然進むはずの道を念頭におき、分かりやすいルートを設定する場合もある。だからと言って、私は読者にこうしたルートに逐一、厳密にしたがって欲しいわけではない。私自身が滞在して特別な何かを感じた不思議な場所でもない限りお勧めの宿泊施設リストは作っていないし、レビューやあらゆるオプションなどの情報がインターネット上でいくらでも手に入る昨今なので、そういうリストを入れてもあまり役にも立たないだろう。また、正確に何マイルの距離だとも書いていないし、たいていの場合はどの道やどの電車が良いだとかいうことも私は言っていない。自分だけの冒険を見つけ、好きな裏道を選び、その土地で気になるものがあれば一つのエリアに長期・短期で滞在してみたりする、それがスロートラベルの良さというものだ。本屋はいわば三角点なので、旅を進めていったん本屋に着いてしまえば、そこを基点に周辺エリアを探索すれば良い。

 みなさんも、どうぞ良い旅を。

(原稿は作業中のものになります。完成版とは異なります。)

 

 

 

2022/06/10 15:04